【短編小説】 白い霧の彼方へ
今日
「どうしてだと思う?」 智也が静かに問いかける。
「わからない。わからないよ・・」 奈瑠美が震えた声で応える。目は赤く腫れ、溜まっている涙が今にもこぼれ落ちそうだ。
「これが運命だと言うのならば、あまりにも残酷じゃないか」 智也の声も震えている。その響きの中には抑圧された怒りと絶望が混ざっているように感じる。「いったい、どうして・・」
「わからないよ・・ 智也、わからないの」 奈瑠美の声が更に震える。「本当に・・ これで良かったの?」
奈瑠美の目から大粒の涙がこぼれ始める。
2日前 (2018年)
智也は恋人の奈瑠美と一緒に歩いていた。他に友人が2人いる。ジェフとその恋人のケイティーだ。
濃い霧が一面に立ち込めている。視界は真っ白で、見える範囲は前後左右共に20メートルほどしかない。智也は目を細めて辺りを見渡す。一緒に歩いている3人を除いて他に見えるものはない。
「い、一体いつまで歩き続けなきゃならないんだよ?」 ジェフが苛立った声を上げる。
ケイティーが黙ったままジェフの方を振り返る。その目に生気はなく虚ろだ。
「ケイティー、なんとか言えよ!」 ジェフが更に苛立った声で言う。「以前のお前は何でも楽しそうに話していただろ? た、頼むよ、ケイティー。頼むよ・・」 ジェフの声が悲しみに変わる。「ケイティー、ケイティー」
「・・・・」 ケイティーは何も答えない。虚ろな目と青白い表情でジェフを見続けている。いや、口元に微かな笑みが浮かんでいるので、もしかしたら何かを言ったのかもしれない。
(ケイティーが言葉を発しなくなってからどれくらい経つのだろうか・・)智也は考える。(もう3ヶ月?いや4ヶ月?どちらにしても長い期間ケイティーの声を聞いていないな)
(なぜこのような状況に陥ったんだろう) 智也は、何度も何度も繰り返してきた自問を再び繰り返す。
(なぜ・・?)
最初にこの世界で目覚めたのは5年ほど前だった。
目覚める以前、智也と恋人の奈瑠美は共に外資系のデザイン会社で働いていた。ふたりの出会いはその会社の新人社員歓迎会だった。ジェフと出会ったのもその時だ。彼はアメリカ本社から派遣されてきた数名のうちのひとりだった。
ある金曜日の夜、智也と奈瑠美、そしてジェフの3人は六本木にあるバーへ飲みに行った。途中でジェフの恋人ケイティーも加わった。9階にあるそのバーには大きな窓があり、東京タワーがとても綺麗に見えた。青と黒を基調にした店内の内装はどこか未来的で、薄暗い空間に灯るLEDの間接照明がサイバーチックな妖しい雰囲気を醸し出していた。
お酒が進み気持ちが大らかになってきていた。会話も弾んだ。そこまでは覚えている。そう、そこまでは。
次の記憶。それは白い霧だった。
(そう、あの日から全てが始まったんだ)
意識が5年前にさかのぼる・・
5年前 (2013年)
智也は目が覚めた。(あれ?) と思う。何も見えない。いや、見えることは見える・・ でも真っ白だ。
(霧?) 智也は横たわっている地面の冷たさを感じた。頭がガンガンして吐き気がする。(酔っ払って、どこか屋外で寝てしまったのかな・・)
立ち上がって周りを見回す。濃い霧ではっきりとは見えないが、奈瑠美とジェフも近くに倒れているようだ。ケイティーの姿は見えない。カバンやバッグが近くに散乱している。
「・・っつう、、頭がクラクラする」 奈瑠美が起き上がりながら言う。「え、何?どこなの、ここは?」
「さあね、奈瑠美」 ケイティーの声がする。姿は見えないがどうやら彼女も近くにいるらしい。「ここはどこかしら。私には分からないわ。ねえ、ジェフ?代わりに答えなさいよ」
「え?な、なんだよ、ケイティー」 ジェフが立ち上がりながら応える。「俺に分かるわけないじゃないよ。いたたた。ったく、真っ白だな。くっそ、何も見えないぜ」 彼はしきりに右腕をさすっている。手首のあたりから流血しているようだ。「と、智也は?」
「俺ならここにいるよ、ジェフ」 智也が応える。「一体何があった?ここはどこだろう?」 智也は首を左右に振って周りを見渡す。多少目が慣れたてきたのだろうか、少し遠くまで見えるようになってきた。とは言え、見える範囲は自分を中心にした周囲20メートルほどだ。
「何もなさそうだね」 智也が言う。「だだっ広い空間。・・いや、道があるみたいだ。あっちの方へ続いている。道路標識みたいなものが向こうに見えるね。何か・・ 文字が書いてあるみたいだけど」
智也が標識の方へ歩いていく。30メートルほど歩くと、青色で正方形の標識に 『EXIT→』 と書かれてあるのが見える。
「EXIT?出口?どこに出るんだ?とりあえずこっちの道へ進めばどこかに出れる、ということかな。・・反対側は?」
智也が後ろを振り返る。奈瑠美が既に歩き出している。
「あ!」 奈瑠美が小さな叫び声をあげる。「こっち側には柵がある。どこまでも続いているみたい。右も左も。うーん、どうやら、この柵の向こう側には行けそうにないわね」 奈瑠美は目を細めて遠くを見つめている。
「ま、まじかよ・・」 ジェフが弱々しい声を出す。
「柵の高さは4メートルくらい・・」 奈瑠美が言う。「上端が尖っているわね。踏み台か何かがあれば乗り越えられないことはなさそうだけど・・ ちょっと危険ね。それに柵の向こう側は真っ暗」
奈瑠美は意外と落ち着いている。
「仕方がないんじゃない?」 ケイティーがうんざりした声で言う。「ここがどこなのかは分からないけど、EXITって書いてある方に進めば何かあるんでしょ。ねえ、ジェフ。そうよね。そう言いなさいよ」
「そ、そうだな。ケイティーの言う通りだと思うぜ。俺も同じことを言おうと・・」 ジェフは強がっているがその声は弱々しい。
「そうだね」 智也が言う。「ここにいても仕方がないし、霧だっていつ消えるか分からない。とりあえず前に進んでみよう」
「そうね」 奈瑠美が応える。「こんな何も見えない場所でじっとしているよりは、とりあえず道があるんですもの、先へ行ってみましょう。しばらく行けば出口があるのでしょう、きっと」
「そうね」 ケイティーも応える。「そうと決まったら、さあ、行きましょ。ジェフ、先頭に立って」
「ええっ!?」 ジェフが驚いたような声を上げる。「わ、わかったよ。みんな、荷物を忘れるなよ」
智也はふと我に返る。
(あれから5年か・・。とても長い長い期間を歩いてきたな。もうクタクタだ。いったいどこまで続くんだ・・)
2日前 (2018年)
「ケ、ケイティー、頼むよ。何か言ってくれよ」 ジェフは先程から同じことを何度も繰り返している。「ケイティー、ケイティー、ケイティー」
「大丈夫か、ジェフ?」 智也が心配そうに言う。
「ケイティー」 ジェフは応えない。「ケイティー、頼むよ・・ ケイティー、ケイティー、ケイティー」
「うるさいわよ、ジェフ」 奈瑠美が声を少し荒立てる。「みんな疲れているの。黙って歩いて」
「へへへっ、ははははっ」 ジェフが突然笑い出す。
「何がおかしいの?」
「へへっ。俺はよ、俺は、俺は、あはは。も、もう限界だよ。帰るぜ」
「帰るって、どこへ?」 智也がびっくりした声で言う。
ジェフが智也を睨みつける。「決まってんだろ。い、一番最初の場所だよ。この先には何もないんだ!」
「一番最初の場所?」 奈瑠美が問いかける。「目が覚めた場所ってこと?ここまで歩いて来たのに?戻れるわけないじゃない」
「ここまで歩いて来た?どこまでだよ?どこまで続くんだよ?どれくらい経った?あの日からどれくらい経った?何年だよ!へっ。あと何年歩き続けるんだよ!な、奈瑠美、、はっ!ケイティー?ケイティー?ケイティー?さ、さあ戻ろう・・」
「ダメよ、ジェフ!」 奈瑠美が言う。「戻るって言っても、最初の場所に帰るには今まで歩いてきたのと同じくらいの日数が必要なのよ。また何年もかけて戻るって言うの?」
「そうだよ!」 ジェフが応える。「この先に行ったって何もない。そ、それなら戻った方がいい!へっ!この先に行くより何倍もましだぜ!だから戻るんだ」
「何を言っているの、ジェフ、考え直して」
「うるさい。だ、だから、あそこから、最初の場所からここまで何年経ったんだって聞いてんだろ!」
「いいわ」 奈瑠美は諭すように応える。「教えてあげる。聞いたらきっと考え直すと思うから」 奈瑠美は手帳を取り出してページをめくる。「今日で・・ えっと、1825日目。 ・・ ほぼ5年ね」
「ほ、ほぼ5年?だよな!!はっ!まじかよ、くっそ!」 ジェフの声は怒りに震えている。「で、でもよ、この先に進むって言ったって、あと何年歩き続けるんだ?10年か?50年か?へへっ、もう出口なんてないんだよ。このままこの霧だけの世界をあと何十年も歩き続けて、気が狂って死ぬんだよ!!」
「だからって」 智也が口をはさむ。「最初の場所に戻るってことは、何十年ではないにしても、また長い時間歩き続けなきゃならないってことなんだぜ。しかも道は途中で何本かが合流したりしていた。戻る場合、それは分かれ道になる。どっちに進めばいいかなんて分からない。この霧の中を最初と同じ場所に戻れる確率は万にひとつもない」
「へっ!そんなのは問題ないさ。お、俺は戻ることも想定して、道が合流する度に持っていたポップコーンを帰るべき道の側に置いてきたんだよ!」
「ポップコーン?」 奈瑠美が唖然とした声を上げる。「ジェフ、あのね、ポップコーンだなんて。それが風で飛ばされてしまうとか、動いてしまうとかっていう可能性は考えなかったの?」
「風?ああ、大丈夫だ。ちゃんと飛ばされないように地面に埋め込んできたさ」
「いいわ。でも、鳥だっているのよ。今まで数回しか見なかったけど・・ 覚えているでしょう?」
「と、鳥!?ああ、鳥は考えていなかったな。でもよ、霧があるから大丈夫だろ!」
「何を言っているの、ジェフ。もっと冷静になって。ここから引き返すのはあまりに危険すぎる。もし元の場所に戻れるとしても、そこまで行くには、また5年も歩き続ける必要があるのよ」
「奈瑠美、な、何度も言わせるな!ここから前に進んだって同じことだ!いや、もっと悪い!だって5年も歩いてきたんだぜ!それなのに景色はずっと同じままだ!白い霧しかない!ってことはよ、この先もずっと同じってことだろ!あ、あと10年、50年、いや死ぬまでだ!ならば、俺は5年かけて戻る方を選ぶぜ!ぽ、ポップコーンがあるんだ!そうだ、俺は戻れる。ケイティーと一緒に元の世界に戻れるんだ!」
「ジェフ」 奈瑠美が応える。「最初の場所に戻ったって元の世界には戻れないわ。それにもし、その頼みの綱であるポップコーンが無くなっていたら?この濃い霧の世界で道に迷ってしまったら?」
「だ、だからってよ、前に進んだって何もないんだよ!あと何十年も歩き続けて死ぬくらいなら、お、俺は5年かけて元の場所に戻る方を選ぶんだって。そっちを選ぶって言ってんだろ!!」
「無謀すぎる」 智也が言う。「ジェフ、それに戻ったって後ろ側には柵があったじゃないか。そしてその先は暗闇だ」
「あんな柵は簡単に乗り越えられるさ。な、何か方法があるだろ!それに、そ、そうさ!そうか!そうだったのか!ちっきしょう。その先の暗闇が元の世界に戻れる場所だったんだ!俺たちは騙されていたんだよ!やっと分かったぜ!そうか。日本の言葉で何だったか・・ 何かあっただろ。な、なんだ?灯台もと・・ なんとかってやつだ!」
「考え直して、ジェフ」 奈瑠美がなだめるように言う。「冷静になって。何度も言うけど、後ろ側は柵と暗闇。その最初の場所に戻れる保証すらない。いや、道に迷う可能性の方が高いのよ。危険すぎる。この世界で迷子になる恐ろしさを想像して」
「へ!知るかよ!!」
「いい?EXITと書かれていた方向はこっち。この世界を抜けられる出口はこっち側にあるの。前に進むしかないの。前に進む限り分かれ道もない。単純よ。とにかく前に進むしかないの。信じるしかないの。それなのに、あなたは来た道を戻って・・、仮に戻れたとしても、更に柵を乗り超えて、その先の暗闇の中に進んで行くと言うの?」
「ああ、そうさ。もともとそうだったんだ。さっきも言ったろ。EXITなんて言葉を信じないで最初から柵を乗り越えて暗闇を進めば、すぐに元の世界に戻れたんだよ!へっ!」
「ジェフ、お願い」 奈瑠美が言う。「お願いだから、一緒に先に進みましょう。諦めたくなる気持ちもわかる。でも、5年よ、5年間も歩き続けてきたのよ。きっともうすぐ出口がある。ゴールがある。きっともうすぐ元の世界に戻れる。確かにこの5年間は長かった。辛かった。何度も歩くのをやめようと思った。でもきっと、もうすぐ元の世界に戻れるの。こっちが出口なのよ。ジェフ、お願い、どうかこの5年間を無駄にしないで」
「へへへっ。5年?ああ。5年を無駄にしたさ。そして前に進み続ければ、あと50年は無駄にできる。死ぬまでに100年は無駄にできるかもな。そ、そんなのはまっぴら御免だぜ!」
「ジェフ、何を言っているんだよ」 智也が我慢できずに大声を出す。「おかしいよ、ジェフ」
「へっ!おかしいのはお前たちだろ!もう5年だぜ。5年。今まで何も考えなかったのか?こんなに長い期間歩き続けて、おかしいと思わなかったのか?」
「それは思ったさ。でも歩き続けるしかなかっただろ。歩き続ければ必ず出口に辿り着ける。そう信じて歩き続けるしかなかったんだ。俺は元の世界に帰りたい。家族にも会いたいし、友人たちにも会いたい。元の世界に戻りたいんだ。だから前に進んで来れたんだよ」
「へっ!おめでたい奴だな。だいたい何だよ、この世界は。おかし過ぎるぜ」 ジェフはキョロキョと周りを見回す。「なんで常に濃い霧が立ち込めている?だいたい一番おかしいのはあれだ。な、なんで2、3週間おきに家が現れる?そしてどれも廃屋だ。食糧はそこで確保できるからいいけどよ、なんで他に誰もいない?他に何もない?」
「今それを考えたって仕方がないわよ」 奈瑠美が応える。「答えは出ないもの。それよりも、出口を信じて前に進むしかないじゃない」
「すまんな、奈瑠美、智也」 ジェフは泣きそうな声になる。「ここでお別れだ。俺はケイティーと一緒に来た道を戻る。5年かかろうが6年かかろうが知ったこっちゃない。そ、そんなのは百も承知だ。な、なに、戻れるさ。この先何十年も歩き続けて死ぬなんてまっぴら御免なんだよ!」
「無謀よ。ジェフ」
「戻ったら、柵を越えて向こう側に行く。きっと・・ 大丈夫だ。元の世界に・・」
「ジェフ!」
「うるさい!黙れ!もう決めたんだ!もう嫌なんだ!もう前に進めないんだ。もう疲れたんだ。あと何十年も歩きたくないんだ」 ジェフの目から涙がこぼれる。「もう嫌だ。もう嫌なんだ!もう嫌なんだ!もう・・」
「そうか」 智也が言う。「わかったよ、ジェフ」
「な、何が分かったんだよ!」
「だから、ジェフの考えていることさ」
「ん、あ、ああ・・」
「もう、そう決めたんだろ?」
「ああ」
「ジェフは戻る。ケイティーと一緒に来た道を戻る。それがジェフにとっての最良の選択なんだろ?」
「そ、そうだって、さっきから何度も」
「分かったよ。それならそうすればいいよ。それがジェフの決めたことならばそうするほかない。俺たちは前に進む。ジェフは戻る。それでいいんだ」
「ああ・・」
「ジェフ」
「やっと分かってくれたみたいだな」 ジェフが言う。
「ああ」 智也は応える。
「な、ならば、・・そうか」
「うん」
「そ、そうか。ならば、ここでお別れだな」
「そうだね、ジェフ」 智也が言う。「本当は一緒に前に進みたいんだけれど・・ うん、ここでお別れだ」
「分かってくれて・・ ありがとうよ」
「ジェフにはジェフの考えがある。俺たちの考えを無理強いはできない」
「あ、ああ。智也、お前なら分かってくれると思っていたよ。ありがとう」
「何言ってるんだよ、ジェフ。元の世界に戻れたら、また一緒に飲みに行こうぜ。また一緒に遊びに行こうぜ。以前みたいにさ」
「ああ。当たり前だろ」 ジェフに笑みが戻る。
「ジェフ」 奈瑠美も言う。「分かったわ。私はまだ納得できていないんだけれど、ジェフが決めたことですものね。仕方がないのよね」
「ああ」
「うん、分かった」 奈瑠美が頷く。「今までありがとう。またきっと、またきっと会えるよね」
「・・」
「ううん、また会うの。また必ず会うの。約束よ。また必ず会いましょう」 奈瑠美の目には涙が浮かんでいる。
「ああ。奈瑠美、そうだな」 ジェフが言う。「そして智也も。ありがとう。お前たちなら分かってくれると思っていた。お、お前たちに出会えて本当に良かったよ」
「ジェフ」 智也が応える。
「本当に、本当に良かった・・」
「これで最後みたいに言うなよ。また会うんだろ?」
「あ・・ ああ」
「約束だぜ」
「ああ。じゃ、じゃあな」 ジェフはケイティーの方へ背を向ける。
「グッドラック!」 智也が大声で言う。「英語では、こういう時にこそそう言うんだろ?」
「ははは、そうかもな」 ジェフが振り返りながら言う。「お前たちも、グッドラックだぜ!」
「ああ」
「さあ行こう、ケイティー」 ジェフはケイティーに優しく言葉をかける。
「・・・・ 」 ケイティーは無言のまま不思議そうにジェフを見つめている。
「さあ、ケイティー」 ジェフがケイティーの手を取る。
ふたりが手を繋いで歩き出す。
ジェフは笑っていたが、涙を流していた。智也にはケイティーの目にも涙が浮かんでいるように見えた。
霧に隠れてふたりが見えなくなってしまうのにそれほど長い時間はかからなかった。
2日後(今日)
「どうしてだと思う?」 再び智也が問いかける。「どうして・・?これじゃあ、あまりにも残酷だ」
「わからない」 奈瑠美の目からは先程から涙がこぼれ続けている。「やっぱり、あの時・・」
「そう、あの時」 智也の目も赤く腫れている。「で、でも」
「智也、どうすれば良かったの?どうすれば良かったの?なんで、なんで・・」 奈瑠美は泣きじゃくっている。「ひどいよ。ひどいよ・・」
「奈瑠美」 智也が静かに言う。「これはあまりにも辛いことだけど、仕方がなかった・・ そう思うしかないのかもしれない」
「2日よ!」 奈瑠美は声を荒げる。「5年も歩き続けたのよ!それなのに、たったの2日だなんて。なんで・・?なんで。なんで・・」 最後の方は聞き取れないくらい弱い声になっている。奈瑠美の目からは大粒の涙がこぼれ続けている。
「仕方がなかったんだ。僕たちには予測できなかった。悔しいけれど。本当に悔しいけれど・・」 智也の目にも涙が浮かんでいる。「でもあれはジェフが自分で決めたことだ。彼は自分の進むべき道を決断したんだよ」
「ジェフ、ケイティー・・」 奈瑠美はほとんど聞こえないくらいの小さな声でつぶやく。
「ふたりはきっと戻れるさ」 智也が言う。彼の目からも涙がこぼれ始める。「ふたりはきっと最初の場所に戻れる」
智也は涙を拭くと、顔を上げて前方にある城壁と大きな門を見つめる。
そしてその門に大きく書かれた 「EXIT」 という文字を。
「俺たちは諦めなかった。ここまで辿り着いた」 智也が言う。「ジェフだって諦めないさ。ふたりは必ず戻れる。最初の場所に・・ そして元の世界に。そしてまたみんなで必ず再会できる」
「そう・・ なのかな」
「ああ」
「・・」
「俺はそう信じているよ」
智也は目を閉じる。閉じた目の瞼の裏にジェフとケイティの姿が浮かぶ。
ふたりが近づいてきて、ジェフがこう話しかける。
「久しぶりだな、智也、奈瑠美」
ケイティは微笑みを浮かべている。それを見てジェフも笑顔になる。
「あのあと・・ 別れたあと、面白いことがたくさんあったんだぜ。最高に大変だったけどな。まあ、聞いてくれよ・・」
「うん、俺は信じている。またみんなで再会できるって」
智也は涙をぬぐい、奈留美の手を取る。
「うん、わたしもそう信じることにする」
奈瑠美に少しだけ笑顔が戻る。
ふたりは手を取り合い、「EXIT」と書かれた門に向かって共に一歩を踏み出した。
(了)
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