【小説】 モンティ・ホール問題と水奈とEXCEL (第2話)

 前回の話はこちら: 第1話

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 目が覚める。

 いつの間に眠ってしまったのだろうか・・。張り切って水奈と2回戦をしたのは覚えている。そのあと、もう少しだけモンティ・ホール問題について話し合ったのも。夜明けが近かったし、凄く眠たかった。話の途中で眠たさがピークに達して、そのまま眠りに落ちてしまったのだろうか。

 いや、まてよ・・。ふと考える。

 そういえば、眠りにつく前に何か大きな音がしていたような気がする。いや、していた。あの音は何だったのだろうか。声も聞こえたような気がする。いや、聞こえた。叫び声のような・・ 大きな音だった。

 そして、そうだ、何かが飛び跳ねていた・・。あれは何だったんだ。何かが僕の回りにいた。奇声を発しながら・・ そう、何かが飛び跳ねていた。

 あれは・・ 飛んでいたのか?何があった?そう、頭が割れるような大きな音だった。

 奇声・・?叫び声・・?あれは言葉だったのか?意味のある言葉だったのか?それとも・・。抑揚のある音だった。波というか・・ うねりがあった。

 そう、何かがいたんだ。何かが飛び跳ねていた。いったい・・ いったい何が起きていた?何がいたんだ?何が起きていたんだよ・・。何が・・ 

 いや、落ち着け。落ち着け。


 水奈の姿が見えない。

 心臓の鼓動が早まっているのを感じる。軽い吐き気すら覚える。

 ・・いや、まてよ。あれは・・ ああ・・ もしかして・・

 思考が少しずつクリアになっていく。

 ああ・・ そうだ・・ そうなんだ・・

 そう、あれは音楽だった。歌声だった。そうだ。思い出した。カラオケだ。水奈がカラオケで歌っていたんだ。そうだ。思い出した。何のことはない。ただのカラオケだったんだ。

 椎名林檎の歌だった。曲名は知らない。しかし聞いたことのある歌だった。それを水奈が歌っていた。繰り返し何度も何度も歌っていた。ベッドの上でピョンピョン飛び跳ねながら。そうだ、そうだった。

 ふぅーっと息を吐く。


 「起きた?」 唐突にどこからか水奈の声がする。

 僕はほっとした。いつもの水奈の声だった。

 そういえば変な夢を見たような気がする。その夢と現実がごっちゃになっていたのかもしれない。

 「うん、起きたよ。今何時?」 僕は両腕を上に伸ばしながら尋ねる。

 「もうすぐ10時。あと8分くらいかな」

 「おい!!」 僕は飛び起きる。「何時までだっけ、ここ?10時じゃなかった?」

 「うん。でも大丈夫でしょ?気持ち良さそうに寝てたし、起こすの可哀想だったし。それに8分あれば余裕でしょ?」

 「いや・・」 僕は早口で答えながらバスルームへ向かう。「8分あるって言っても、準備したり、着替えたり、下に降りる時間も・・ ああ・・まあ、いいや、とにかくシャワーを浴びなきゃだ!」


 バスルームの前の洗面台のところに水奈がいた。既に着替え終わっていて、化粧も終わり、部屋を出る準備が整っている。

 かたや僕は・・ 鏡に映る自分の姿をみる・・ 下着もつけずにバスローブ一枚じゃないか。髪もボサボサだ。

 ミラー越しに見る男女ふたりの対比が面白いな、と思う。これは・・ そう、まるで・・ いや、そんなことを考えている時間はない。

 「せめて2分前には部屋を出ないと」 僕は水奈に言う。時計を見る。「あと6分。まじか・・ なんで起こしてくれなかった?」

 「シャワーを2分で浴びればいいだけじゃん?」 水奈が冷たく言い放つ。

 「に、2分?」

 「うん。そうだよ。そして、ドライヤーが1分。トイレも1分。歯磨きも1分でするでしょ?」

 「い、いや、そんな短い時間では・・」

 「え?何?まさか、できないとか?」 水奈が目を細めながら言う。「え?今、何か言おうとしましたか?え?ええ?」水奈の声が半音上がる。いや、下がったのか。

 「できないの?できるよね?できますよね? あれれれれ?」更に声が半音上がる。いや、下がったのか・・ これはやばい。「え、できないとか、あり得なくないですか?それに、できたら着替える時間が1分もあるんだよ。1分。1分ももらえるの。もう一度言うね。1分」

 「い、1分・・」

 「ご褒美、欲しくないの?」

 「ご褒美?」 何を言っているんだ?てか、こんな時にドSモードなのか・・ いや、こんな時だからなのか・・

 まあそれはいい・・ というか時間がない。てか、ご褒美っておかしいだろ。

 「今、心の中で何か文句言ったでしょ?」

 ぐふっ。

 水奈には全て見透かされているのだろうか。


 それからしばらくの間、僕があたふたするのを水奈は楽しそうに眺めていた。「ほれほれー、頑張れー、 ご褒美だぞ」とか言いながら。

 念のため彼女の名誉(というほどのものではないけれど)のために書くと、普段の彼女は穏やかで人当たりが良く、誰に対しても気遣いができる優しい女性なのだ。理知的だがそれをおくびにも出さず、また、仕事に対しても非常に真面目な態度で望んでいる。そういう彼女に好意を持っている人は少なくないはずである。

 しかし、何かの拍子にドSになることがある。困ったことに。いや、実際には困ってはいないのかもしれない。そう、僕はそれを楽しんでいる。そういう両極端でツンデレな彼女が好きなのだ。

 そして、実は僕は知っている。彼女の本当の・・、いや、その話はここではやめておこう。いつか機会があれば話すかもしれない・・ でも、今はその時ではない。しばらくは僕だけの秘密にしておこう。


 そんなこんなで、とてもバタバタしてしまったけれど、僕たちはなんとか時間内にチェックアウトすることができた。


 狭く薄暗いロビーに備え付けられた色付きの重たそうな自動ドアを抜けて外に出る。

 春の陽気を感じる。今日はポカポカしていて、とても気持ちが良い。

 こじんまりとした駐車場の前を通り、ビニール製の重たいカーテンのかかった門を抜ける。

 目の前に突然、桜の木々が現れる。


 美しかった。

 驚くほど美しかった。


 その木々を覆い尽くす鮮やかな白桃色の花々の先には、深く澄んだブルーの空が広がっていた。


  (了)


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【筆者 あとがき】

 最後までお読み頂きありがとうございました。この物語を書こうと思い立ったのは、つい2週間ほど前なのですが、実はかなり前からマイクロソフトのエクセルを使った題材で・・

 ・・・

 ・・ エクセル

 ・・

 ・・

 何かを忘れてはいないだろうか・・

 僕は水奈を見る。

 彼女が楽しそうに何かを呟いている。「エクセルか・・ エクセルか・・ 」


 あ、エクセルだ。


  (第3話に続く) 


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