【短編小説】 facebook ゴースト
あたしの名前は、飯根都和。 あら、読み方が分からない? 飯根都和と書いて「いいね とわ」 と読む。 お気に入りの名前なのよ。
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僕の名前は、東高久音。 あれ、読み方が分からないって? 東高久音と書いて「とうこう くおん」 と読むんだ。 ちょっと珍しい名前かもしれないね。
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あたしの仕事を知りたい? 本当は言いたくないんだけど・・いいわ、教えてあげる。あたしの仕事はね、依頼主の代わりにfacebook上で活動をすること。今現在、クライアントは一人しかいないんだけどね。
その彼から受けている内容は、好きなアイドル達の投稿に「いいね」を押すこと。ん? 簡単な仕事だって思ったかしら? 確かにそうかもしれない。でも昔は多くのアイドルがいたからそれなりに大変だったのよ。
ただ、今では投稿を続けているアイドルはたったの一人。 時代は変わったわ。
あれだけ人気を博していたfacebookから人が離れてもう何年が過ぎたのかしら。まあ、外界との接触を断っているあたしには関係の無いことなんだけどね。
依頼主からは、好きなアイドルが投稿している限り「いいね」を押してくれと言われている。だから、あたしは「いいね」を押す。
この仕事が終わるのはそのアイドルがfacebookからいなくなった時。このペースだとまだまだかかるかもしれない。報酬は毎月オートマティックに振り込まれている。あたしにとっては申し分のない仕事よ。
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僕の仕事を知りたい? そうだね・・別に教えても構わないよ。僕の仕事はね、依頼主の代わりにfacebook上で活動をすることなんだ。といってもクライアントは一人しかいないんだけどね。
その彼女からは、なんでもいいからfacebookに投稿をしてくれと言われている。挨拶や日常的なこと、それからネットで拾ってきた写真なんかに適当なコメントを付けるだけでも構わないって。もう何年くらいやっているかな。
時代は変わったよね。以前は投稿すれば数百人が反応してくれたもんだよ。依頼人はとても人気のあるアイドルなんだ。
でも今では「いいね」を押してくれるのは、たったの一人。しかもずっと同じ人だ。よほどのファンなんだろうね。そういう状態が何年続いているかな。でもまあ、引き籠りの僕には関係ないことなんだけどね。
彼女からは「いいね」する人が一人でもいる限り投稿を続けてくれと言われている。このペースだとまだまだかかりそうだけど、彼女の代わりにファンサービスができる僕は幸せ者だと思っているよ。
さてと・・
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あ、今日も投稿があった。「おはよう♪」って、それだけだけど。
はい、「いいね」 っと。
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今日の投稿は 「おはよう♥」 だけでいいかな。
あ、さっそく 「いいね」 が付いてる。
そうそう、今日は大晦日だったんだ。 2052年12月31日。
そう言えば「facebook大晦日」と呼ばれた日もあったっけね。確か・・ 2022年12月31日だ。ちょうど30年前か。facebook上からほぼ全てのアクティブ・ユーザーがいなくなったと報告された日で、SNSの終焉とも呼ばれて、ちょっとしたニュースになったよね。とても寒い日だった。
・・ということは、この仕事も30年以上続けているってことだ。終わるのはいつになるかな。まあ、きっとこの先もずっと続いていくんだろうね。これは僕のライフワークだと思っているよ。
報酬は無いけれど、大好きなアイドルのため、そしてその投稿に「いいね」してくれる大切なファンのために一生を捧げられる仕事を見つけた僕は幸せ者だよね。
本当に本当に、 僕は幸せ者だよね。
(完)
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