【小説】 モンティ・ホール問題と水奈とEXCEL (第3話)
前回の話はこちら: 第2話
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水奈と一緒に僕の家に向かう。この道を彼女と歩くのは何回目だろうか。
途中のスーパーで弁当を買うことにした。僕たちはお腹がすいていた。
「ねえ」 水奈が言う。「やっぱり、わたしの家で作業しない?」
「なんで?」 僕は聞き返す。
「うん。えっとね、見せたいものがあるんだ」
「別にいいけど。なに、見せたいものって?」
「うふふ」 なぜか不敵な笑みを浮かべる水奈。「それは来てからのお楽しみ」
「そう。まあいいや。水奈のパソコンって、エクセル使えたっけ?」
「うん。使える。大丈夫」
「オーケー。じゃあ、水奈の家にしよう」
「うふふふ。楽しみだね」 水奈は目を細めながら微笑む。
スーパーを出て20分ほどで水奈の家に着く。二階建てのアパートで、白い外壁と青い窓枠がお洒落な印象を与える。手すりと玄関のドアも青色だ。
ドアを開けて家の中に入る。仄かなアジアンテイストな香りがする。サンダルウッドの中に、少しだけジャスミンが混ざっているような香り。不思議で妖しげな香りだ。
「香り、変えたんだね」 僕は尋ねる。
「うん。こっちの方が良い匂いだなって思って。たまたま入った雑貨屋で見つけたんだ」
「そっか。うん、すごく良い匂いだね」
「うふ。ありがとう。この方が燃えるでしょ?」
「え?」
「今日さっそく使っちゃおうっと、あれ」
「え?」
「泣くかな」
「え?」
「泣いても許してあげないけど」
「え?」
水奈の声が半音上がっている。いや、下がったのか。繰り返し言うが、これは水奈がドSモードになっている時の状態で・・
「どうぞ、上がって」
「あ、ああ、うん」 僕はとまどいながらも、平静を装って水奈の家に上がる。
中に入ってすぐのところにキッチンルームがある。ガラスとアルミでできた大きめのキッチンテーブルの横を抜け、奥にある10畳ほどのリビングルームへ進む。その部屋の右手側の壁にもうひとつドアがあり、その先が水奈の寝室となっている。
「ちょっと待ってて、お茶を持ってくるから。お腹すいたね」 水奈はそう言いながら台所へ戻っていく。
その間に僕は買ってきた弁当をテーブルの上に広げる。そういえば、一番最初に水奈の家に上がった時もこんな感じだったな、と思う。
あの日はカラオケに行った後だった。寒い夜だった。ふたりともそれなりに酔っていた。コタツに座って、買ってきた弁当を食べながらお互いのことを質問し合った。どんな質問にも隠さず正直に答えるというルールで、色々なことを聞いて、色々なことを話した。最初は好きなタイプとか、初恋の相手とか、そういうありがちで他愛もない質問だったけれど、だんだんとディープな内容になっていった。それでも僕たちは隠さずに話し合った。不思議とリラックスした気分だった。彼女は僕にだったら何でも話せる気がすると言っていた。僕も同じように感じていた。不思議な感覚だった。彼女とは会って間もなかったけど、ずっと昔からお互いを知っているように振る舞うことができた。話しているうちに、お互い似ているところが多いということが分かった。もちろん違う部分もたくさんあったし、歩んできた道も全然違うけれど、人生に対する基本的な価値観が非常に似通っていると感じた。
そして最後に、彼女は僕に、彼女が持っている秘密を話してくれた。この話をしたのは家族以外では僕が初めてだと言っていた。以前、僕も似たような経験したことがあって、それを聞いた時に、彼女は秘密を話す決心をしたのだと言う。その内容はショッキングだったけど、彼女は明るく前向きだった。そして
「お待たせ」
ハッと我に返る。水奈がお茶の入ったグラスを持ってテーブルのすぐ横に立っていた。
「ほんと、お腹すいたね」 お茶をテーブルに置きながら彼女が言う。 「ところで・・」
「ん?」
「今、なに考えてたの?」
「え?」
「わたしのこと?」 水奈はプルンプルンした自分の唇を触っている。「あ、もしかして、一番最初にここに来た日のことでしょ?」
僕はドキッとする。彼女はやっぱり人の心を見透かす能力があるのではないだろうか。
「うふふ。さーって、食べましょ」 水奈は何事もなかったかのように言い、手に持っていた冷たいお茶をごくりと飲む。
弁当は思っていた以上に美味しかった。惣菜が充実していて、どれも美味しいと評判のスーパーで買ってきたからなのか、水奈と一緒に食べたからなのか、それとも他に理由があるのか。何とも言えないけれど、とにかく美味しかった。
「それじゃあ、そろそろ始めようか」 僕が言う。
「うん。パソコン持ってくる。ちょっと待ってて」 水奈がドアを開けて寝室に入っていく。「ついでに着替えちゃうね。楽な格好のほうがいいし」
「うん、そうだね」
しばらくして、水奈がラップトップ・コンピュータを携えて戻ってくる。
「え?」 僕は思わず声を上げる。
なぜか白衣を着ている。ナース、いや、女医のような格好だ。
「どう?」 彼女が楽しそうに尋ねる。
「ど、どう、って。あまり・・ 楽そうな格好には見えないけど」
「精神的に楽なの、こっちのほうが。肉体的には楽ではないんだけど、精神的に楽なの。だって・・」 と言いながら、小脇に抱えている袋から何かを取り出す。「これ」
「な、なにそれ?」 僕は尋ねる。
何だろう。見たこともない器具だ。曲線と不連続な直線で構成された器具。どちらかと言うと不気味な形をしている。白衣を着ているということは医療用の器具なのだろうか。そう言えば、ここに来る途中、水奈が見せたいものがあるって言っていたっけ。これなのだろうか。
「うふふふ」 水奈は不敵な笑みを浮かべながら、その不気味な器具を見つめている。「これを使うなら、白衣の方が精神的に楽だもんね。でしょ?」
「え?」 意味が分からない。
「あれ?分からないの?」
「あ、ああ・・」
「え?何?今、何て?」
「い、いや・・」
「え?まさか?え?まさか?」
「・・い、いや」
「もしかして?分からないんですか?」 水奈の声が半音上がる。いや下がったのか。やばい。
「えええええ?」 彼女の声が更に半音上がる。 「まさか?まさか?まさか?」 いや下がったのか。「分からないんですか?いやいやいや。え? 分からないとか、ありえなくないですか?」
やばい。
「ありえない・・ ですよね??」
やばい。
「ありえない、ですよね?」
やばい。
「ありえない。ですよね」
本当にやばい。
「まあ別にいいけど」
あれ?
「分からないのは、仕方のないことだよね」
あれ?
「ちょっと唐突すぎたもんね」
あれ?
「でも、分からないことは事実だから、あとでお仕置きね」
ええええええ!?
「さて、エクセルを立ち上げましょ」 そう言いながらパソコンの電源を入れる水奈。
「いや、まあ・・ そうだね・・ 何はともあれ、これでやっとエクセルを使って・・ モンティ・ホール問題の検証が・・ できそうでは・・ あるよね」 しどろもどろになりながらも冷静を装おう僕。
「うふふふふ。楽しみだね」
水奈は不気味な形の医療用器具(?)を愛おしそうに見つめながら、それをそっと床の上に置く。
「うふふふ。ほんと楽しみ」
(第4話に続く)
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