【小説】 モンティ・ホール問題と水奈とEXCEL (第4話)
前回の話はこちら: 第3話
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「では、エクセルを立ち上げるであります!」 水奈が真顔で言う。
「オーケー」 僕は応える。
「オーケー、ですって!??」 水奈が驚いた声を上げる。
「え?」
「わたしはね、立ち上げるであります!って言ったの。それに対して、オーケーはないでしょ!!」
「え?」
「それを言うなら、了解であります!でしょ?」
「え?」 意味がわからない。
「違うのかな?」 水奈が目を細めながら言う。 「違うのかな?」
「え?」
「違うのかな?違うのかな?違うのかな?」
「え・・」
「違わないよね?」
「え・・ え・・」
「違わないよね?」
「え・・ ええ・・」
「違わないですよね?」
「は・・ はい」
「よし」
「・・」
「まったくもう、最初から素直にしていれば良いのに。まあいいや。さてと、エクセル」
なぜ反論しないのか?・・と思う人がいるかもしれない。簡単に説明しよう。
普段の水奈はとても温厚で理解力のある優しい女性だ。そういう時であれば、反論してもきちんと受け答えしてくれる。しかし、ドSモードに入った時の彼女は違う。どこに潜んでいたのかと思えるくらい冷酷な彼女が現れるのだ。ドSモードとはそれほどまでに・・ いや、正直なところ「ドSモード」と茶化していられる状態ならまだマシなのかもしれない。彼女も僕もその状況を楽しむことができているのだから。まあ、時に楽しめないこともあったりはするけれど・・。しかし、本当の怖さはその先に――
「あれ?」 水奈が驚いたような声を上げる。
僕ははっと我に返り、彼女の方へ顔を向ける。パソコンの画面を見つめながら困惑の表情をしている水奈。
「どうした?」僕は尋ねる。
「うん、えっとね、エクセルを立ち上げたんだけど・・」
「なに?」
「エクセルを立ち上げたのに・・」
「うん」
「エクセルを立ち上げたのに・・」
「だから・・ なに?」
「だから、エクセルを立ち上げたのに・・」
「うん、だから?」
「だから・・」
「どうせ、ワードだったとか、でしょ?」
「うん」
「そんなことだろうと思ったよ。ワードね。まあ、ありがちだよね」
「てへ」
僕は水奈の背後からパソコンの画面をのぞき込む。
パワーポイントが立ち上がっていた。
気を取り直して、エクセルを立ち上げる。
画面が開く。
「えっとー。何から始めればいいのかな」 水奈が言う。
「まずは・・」 僕は答える 「ああ、その前に一度、モンティー・ホール問題の内容をおさらいしておきたいな」
「いいよ。じゃあ、もう一回、簡単に説明するね」
水奈が昨日と同じ内容の話を始める。エクセルでどう展開していくのか検討し易くするために、今回僕はノートを取ることにする。
[モンティー・ホール問題 おさらい]
概略:
・モンティ・ホールという人物が司会をしていたアメリカのゲームショー番組 「Let's make a deal」 の中で行われたゲームに由来する。
・一種の心理トリックになっていて、誤った答えを直感的に推論してしまう人が多い。
・正しい答えを聞いても納得できない人が少なくないことから、モンティ・ホール・ジレンマ、またはモンティ・ホール・パラドックスとも言われる。
モンティ・ホールが行ったゲーム内容 (手順):
・[A] [B] [C] という3つのドアがあり、そのうしろにそれぞれ [景品] [ヤギ] [ヤギ] がランダムに置かれている。(景品がアタリ、ヤギがハズレである)
・最初に、プレイヤー(挑戦者)がドアをひとつ選ぶ。
・次に、司会のモンティが残りのドアふたつのうち、ひとつを開ける。(モンティが開けるドアは、必ずヤギが入っている(ハズレの)ドアである)
・最後に、プレイヤーにドアの選択を変更する(残ったひとつに変更する)権利が与えられる。
問題:
アタリの確率を増やすために、プレイヤーはドアを変更すべきだろうか?
答え:
変更すべき。
理由:
なぜなら、プレイヤーが最初に選択したドア、モンティが開けたドア、残ったドアのそれぞれの当たりの確率は、1/3, 0, 2/3 となり、ドアを変更しなければアタリの確率は 1/3 のままだが、ドアを変更すれば 2/3 となり、アタリの確率が2倍になるから。
「それにしても理解しにくいなあ」 ノートを取り終えた後に僕が言う。 「扉がひとつ減ったわけだよね。残った扉は2枚。どっちかがアタリでどっちかがハズレ。当たる確率が元々の3分の1から増えるのはわかる。でもさ、扉を代えても代えなくても、当たる確率はどっちも2分の1のような気がするんだよね。うーん・・ でもなんで?扉を代えないと当たる確率は3分の1のままで、扉を代えた場合は3分の2になるのかな。どっちにしたって残った扉は2枚なわけでしょ。やっぱり確率は半々のような気がするんだよな」
「だから、それをエクセルで検証してみるんでしょ?」 水奈が楽しそうに応える。「色々と楽しみだね」 とびっきりの笑顔で彼女が言う。
「うん。結果が楽しみだよ」 僕もつられて笑顔になる。
「うん。色々とね」 目を細めながら何かを見つめる水奈。
その視線がパソコンの先にあることに気付く。―― 何を見ているのだろうか。視線の先を追ってみる。
「ふふふ。ほんと、色々と楽しみ」
テーブルを挟んだ奥側の床の上に、さっき水奈が寝室から持ってきた怪しい物体が置かれている。不気味な形状の使い方や目的を全く想像できない医療用(?)らしき器具・・
「あれって・・」 更に目を細めて微笑みを浮かべる水奈。「人体に使えるよね?」
「えええっ?!」
(次回はこちら → 第5話)
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