【短編小説】夢の続き。恋の終わり。
目が覚める。
面白い夢を見た。
いや、夢の途中だった。途中で目が覚めたけれども物語は終盤まで来ていた。
・・・ような気がする。
この夢を映画にしたら面白いのではないか。ふとそんなことを考える。それくらい印象的な夢だった。とある男女とその隣人たちが繰り広げるファンタジー・サスペンス・ホラー・近未来・冒険・ミステリー・ヒューマン・恋愛ドラマだ。
僕の知っている人が何人か出てきた。知らない人も数名いた。・・・いや、知らない人たちだってもしかしたらどこかで会っているのかもしれない。
長い長い夢だった。カラフルで妙にリアリティのある夢だった。
しかし、もう半分以上内容を忘れてしまっている。目が覚めて30秒くらいしか経っていないというのに・・・ おそらくあと数分で大部分を忘れてしまうのだろう。そう思うととても残念だ。
何かで読んだのだが、寝ている人の脳内で起こっている電気信号を捉えて、その人が見ている夢を画像化する研究が進んでいるらしい。バーチャル・リアリティの技術もかなり実用化されてきている。近い将来、今見た夢をリアルに追体験できる日が来るのかもしれない。いや、今見た夢だけでなく色々な人が見た色々な夢を。ハラハラする夢。ワクワクする夢。ドキドキする夢。キュンキュンする夢。
さっきまで見ていた夢はとにかく不思議な世界だった。楽しい夢だったけれど怖い夢でもあった。エロチックな夢だったけれど貞操的な夢でもあった。希望に溢れた夢だったけれど悲しい夢でもあった。
そう ―― あの人が出てきた。
夢の中では少し感じが違っていた。髪の色や着ている服の感じが。でもあの人だった。また会いたいと思った。夢の中でも。現実の世界でも。いつまでも夢の中に居続けたい、そう思える夢だった。
しかし、夢から覚めることができて良かった。今ではそう思う。
なぜ彼女が夢の中に出てきたのか。それは何となく分かる。2日前にちょっとした出来事があったからだ。それが引き金となったのだろう。
彼女に始めて会ったのは何年前だったか。出会いは偶然だった。別れは必然だった。
彼女と会わなくなってから数年が過ぎていた。少しずつフェードアウトして、そのまま想い出だけを置き去りにしてきてしまったような感じだ。
僕は彼女が好きだった。出会った当初はどうだったのだろうか。何とも言えない。気になる存在ではあった。
出会って3週間くらいの時に初めてふたりで食事をした。そしてそのまま3日間を共に過ごすことになった。その3日間で彼女のことを色々と知った。気付いた時、彼女は僕の中でとても愛おしい存在になっていた。
目が覚めてから15分ほどが過ぎた。もう夢の内容の大部分を忘れてしまっている。印象的なシーンを断片的に思い出せる程度だ。
夢を見るきっかけとなった2日前のちょっとした出来事。そして――
偶然は重なるものだ。つい先ほど、彼女がいる場所を風の便りで知ったのだ。彼女が今日いる場所を。風の便りという言葉を使うのは少しおかしい気もするが、まあそんな感じのものだろう。
長い間連絡を取っていなかった彼女。元気にしているのだろうか。
今日は仕事が休みである。チャンスなのかもしれない。
彼女に会いたいと思った。
偶然は重なる・・・か。2日前の出来事と今日の風の便りには何か関連があるのだろうか。多分何もないのだろう。偶然も必然の結果であるという言葉もあるが、今回は単なる偶然だ。なんとなくそう思う。
カーテンの隙間から青い空と小さな雲が見える。
僕は彼女に会いに行くことに決めた。
家を出たのは午後1時を過ぎたあたりだった。外はポカポカして暖かった。1月だというのに厚手のコートがいらないくらいの暖かさだ。今年は暖冬なんだなと改めて思った。
目的の場所に着く。
建物の中は少し蒸し暑いくらいだった。
エレベーターに乗る。
ドキドキする。
最上階に着く。
ドキドキが強まる。
エレベーターを降りる。
呼び鈴を押す。
永遠とも思える時間 ――
ドアが開く。
彼女が立っている。
目と目が合う。胸がぎゅっと締め付けられるような感覚。
再会の言葉はお互いに 「久しぶりだね」 だった。当たり障りのない挨拶だったけれど他に言葉は見つからなかった。
中に入る。久しぶりに会う人が他にも数名いた。
彼女は変わっていなかった。以前と同じくらい綺麗だった。いや、更に綺麗になっていた。
久しぶりに話をするのは楽しかった。
彼女は嬉しそうな顔で、今付き合っている彼氏がいると教えてくれた。
不思議な気持ちがした。彼女と出会った時、そしてそれからしばらくの間、僕たちはふたりともちょっぴり複雑な状況にいた。その時のことを色々と思い出した。
今、彼女には彼氏がいる。そして僕には妻がいる。彼女はもしかしたらその彼と結婚するのかもしれない。彼女が彼氏のことを話す時の笑顔はとても生き生きとして魅力的だった。それがとても嬉しかった。
彼女は照れている時やおどけている時に声が半音下がる。いや、上がるのかもしれない。どちらにしてもそれがとても可愛らしいのだ。今回も一度だけその瞬間があった。
今でも僕は彼女のことが好きだ。再会してそう確信した。しかし、彼氏の話をする彼女を嫌だとは思わなかった。逆に彼女の笑顔を見ていると心が和んだ。彼女は僕のことはもう何とも思っていないのかもしれない。それで良いのだ、と思った。
好きな人のことを嬉しそうに話す彼女の笑顔は本当に美しかった。
数時間が経過し、僕は家に帰るための準備を始めた。
彼女とは色々と話をすることができた。
帰り際、彼女は僕に向かって笑顔で 「奥さんと仲良くね」 と言った。
僕は同じく笑顔で 「そっちこそ彼氏と仲良くね」 と応えた。
お互い笑いながら 「じゃあ、またね」 と言って別れた。
もう彼女と会うことはないのだと思う。
今回の一連の出来事は、フェードアウトしてしまった恋にきちんとした終わりを作った、ということだったのかもしれない。
彼女の幸せを心から願っている。
建物を出ると外はすっかり寒くなっていた。
しかし、僕の心の中はポカポカと暖かった。
(了)
― Nに敬意を込めて ―
0コメント