【小説】 モンティ・ホール問題と水奈とEXCEL (第5話)
前回の話はこちら: 第4話
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「い、いや、あれは人体には使えないと思う」 僕は冷静を装って応える。
「なんで?」 水奈が聞く。
「え?だって、まず・・ あんな不気味な形のものを見たことがないし・・」
「学校の理科室で似たようなのを見たよ」
「どう使うのかも分からないし・・」
「拘束してからだよ」
「どうなっちゃうのかも分からないし・・」
「おかしくなっちゃうのかも?」
「それに、この・・ え?ん?今、何て言った?」
「うん?理科室で似たようなのを見たって・・ で、拘束して、おかしくなっちゃうの」
「え?」
「嫌いじゃないでしょ?」 水奈が目を細めながら言う。
「え?」
「好きだよね?」
「え?」
「好きなくせに」
「え?」
「ふふふ。楽しみだね」 水奈の微笑が悪魔のように見える。
「それよりも」 僕は少し動揺しているが、気を取り直して冷静に言う。「このモンティー・ホール問題のアレを早くアレしてしまおうではあるまいか」
「動揺してるよね?」 水奈が冷静に言い返してくる。くっそ。
とにかくまああれだ。冷静になろう。
パソコンの画面を見る。真っ白な画面。真っ白なセルで覆われた真っ白なエクセル。
「よし。まずは・・」 僕は気を取り直しながら言う。「扉が3個あるわけで、そのどれにアタリが入っているかを決めなければいけない」
「うん」 水奈が応える。「切り返しが早いね」
「余計なお世話だ」
「あは」
「まずは、Door A、 Door B、 Door C と書いてっと・・」
「アタリが入っている扉はランダムに選ぶ必要がある」
「うん」
「とりあえず右側にランダムな数を作ってみよう。 Random というセルを作って・・」
「その下に1から3までの数字がランダムで出てくるようにしたい」
「ふむふむ」
「えっと、『関数の挿入』 で・・ RANDOM みたいな名前の関数があったと思うけど・・ 『数学 / 三角』 のところかな」
「あ、 これ、RAND」 下の方に書かれている説明を見る。「0以上で1より小さい乱数を発生させます、か・・ このままではダメかな。とりあえずやってみよう。 =RAND() っと」
「0.039738 だって」 水奈が言う。「ここは1、2、3っていう綺麗な整数にしたいわけだよね?」
「そう。さて、どうすれば良いかな。四捨五入してもダメか」
「うん」
「こういう時は・・」
「うん!?」
「ヘルプを見る」
「うんん!?」
「解説のところに、a と b の間で乱数を発生させるには、ってのがあるよ。 RAND()*(b-a)+a か」
「・・・」
「1と3の間だから、Rand()*(3-1)+1 ?」
「ちょっと待って」 水奈が口をはさむ。「確かに1~3 の間の数にはなるけれど、これだと例えば 1.4354.. とか、2.8773.. とかっていう少数項を含む数になるよね」
「ん?」 ちょっと考える。「ああ、そうか。Rand() 自体が0から1までの少数だもんね」
「うん。それから、RAND() の計算結果では0という数字も出てくるから、えーっと、0x(3-1)+1 で解が1というのはあり得る・・で、0.5 なら 0.5x(3-1)+1 で2だよね。でも3という数字は出てこないよ」
「なんで?」 僕は聞く。
「だって、RAND() の解は正確には『0以上で1より少ない乱数』でしょ。 0.99999.. はあるけど、1はない・・」
「ああ、そうか」 頭の中で計算しながら声に出す。「最大でも、0.99999x(3-1)+1 イコール 2.99999.. か。厳密な意味での3にはならない」
「うん」
「さすがだな。計算では水奈に勝てる気がしないよ」
「そう?」
「だてに数学の教師をしている訳じゃないんだね」
「えへへ」
「じゃあさ、解が整数になるように小数点第1位で四捨五入すれば良いのかな? ・・いや、それだと本当の意味でのランダムにはならない・・か」
「うーん」 水奈が天井を見上げながら答える。「感覚的には完全なランダムにはならない気がするけど」
「だよね。てかさ、問題を証明するのに感覚的なものはまずいよな。あ、これか?」
「ん?」
「RANDBETWEEN・・ 指定された範囲で一様に分布する整数の乱数を返します・・ だって」
「おお、それなら何となくうまく行きそうな感じ」 水奈が応える。 「やってみましょ」
「最小値が1で、最大値が3っと」 画面上に数字を記入する。
「どうかな・・」
「お!2が出ました!」 目をキラキラさせながら水奈が言う。
念のため何回か再計算させてみる。
1、3、2、2、3、1、2、3、2。ランダムに1から3の数字が現れる。
オーケー。
「うまくいったね」 僕はついつい笑顔になる。 「じゃあ、2が出た場合は、Door 2 のところに何かしらの目印が出るようにしよう」
「うん」
「これは簡単。 If を使えばいい」
「こういう感じで・・」
「ん? =IF(F4=2, "Here", "") ??どういう意味?」 水奈が聞いてくる。
「えーと、もし F4 のセルが・・ ランダムの数字が出ているセルね、もしそこの値が2だったら、ここに Here という文字を表示する。違う場合は空白にする、っていう意味。式を書いている時に下側に説明が表示されるから、それを見ると分かりやすいかも」
「うーむむむ」
「まあ見ててよ。ほら」
「お!Here という文字が出てきた」 水奈の目が更に輝く。
「とりあえず、ドアを識別しやすいように、1、2、3という数字をそれぞれ Door A、B、C の上に赤文字で書いておこう。で、同じ式を Door A と Door C の下にも当てはめる。Door A は F4 が1、Door C は F4 を3 にして・・」
それぞれの式をそれぞれのドアの下に記入する。でもこのままだと各セルは空白のままだ。
試しにセル F4 の値を2から別の数に変えてみる。Here の位置も別のドアのところに移る。よし。これで1回目のドアが決まった。
「これを何回か繰り返し行うことになるから・・ 一番左側のセルに回数を示す数字を書いておこう。列のタイトルは No. でいいかな、で、とりあえず1から10までを青文字で書いておけばいいでしょ」
「・・そして、No.1 の行・・ 数式が入っているセルを・・ Door A のところから Random のところまでを・・ 全部選んで・・ ぐわっと下へ」
「うお!」 すっとんきょうな声を上げる水奈。「一気に計算された。なんだかそれっぽくなってきたね」
「まだまだこれからだよ。やっとアタリが入っているドアが決まったってだけ」
「そう?もうかなりのところまで来たような気がするけど」
「いやいや」 僕は首を振る。 「次は挑戦者がどの扉を選ぶかを決めなければならない」
「うん」
「それもランダムでいいよね。次は、その挑戦者が選んだ扉とアタリの扉が同じだったのか違ったのかを判定する必要がある」
「うん」
「それから、司会者モンティーがハズレの扉を1個開けるわけだから、その扉をどれにするのかを決めないといけない」
「・・うん」
「それから次は、挑戦者が選んだ扉を変えるのか変えないのか・・ だけど、これをどうするかだ。変えた場合と変えない場合のそれぞれを作らないとダメかな?そしてその比較。他にも何かあるかもしれない。やることはたくさんあるよ」
「そうかあ。でも・・」
「ん?」
「もうひとつやることを忘れてなぁい?」
水奈の声が半音上がる。いや、下がったのか。今まで何度も言ってきているので、ここでの説明は割愛するが、これは水奈がドSモードに・・ (割愛)
嫌な予感を感じながらも僕は何事もなかったかのように応える。「もうひとつ?」
「うふふ」 水奈が目を細めながら言う。水奈は何かをじっと見つめている。
水奈が見ているもの。水奈の視線の先にあるもの。それが何なのかを僕は知っている。もう何度も何度も繰り返されてきたことではないか。
「うふふ」 水奈の声が更に半音上がる。いや、下がったのか。どちらにしても、これは・・
あれ?
水奈の視線の先に、あの不気味な器具はない。え?どこにいった?
「ふあ!!?」
冷たいものが首筋に触れる。僕は驚いて顔を横に向ける。
水奈の顔が僕の顔のすぐ近くにある。あの怪しい器具を右手に持ちながら、不敵な笑みを浮かべる水奈。
「っんふあ!」 また首筋に冷たいものが触れる。
「うふふふ」 水奈の声が僕の耳のすぐそばで聞こえる。「じゃあ、こういうのは・・ どう?」 更に耳元に近づいてくる水奈。「こういうふうに・・ 耳の中で・・ 囁くの・・」
「っんふっ・・ っふぁっは」
やばい。この耳の中で囁く攻撃はやばい。思わず変な声が出てしまった。
目を細めながら更に水奈が耳元で息を吹きかけながら囁く。
「ねぇ。ぞくぞくするでしょ」
(第6話に続く)
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