【脚本】 東京ジェイル (その2)
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< 人物一覧 > (2016.05.15 現在)
すぐる … 大学講師
アイリ … 技術者
フトシ … 国家公務員
れもん … ダンサー
〇 薄暗い部屋 (つづき)
部屋の隅に転がっている女性の死体を見つめる4人。しばらく沈黙が続く。
フトシ 「あ、あれは…… に、人形だろ?」
れもん 「あなた、あれが人形に見えるの!?」
フトシ 「い、いや、ほら、あのさ…… (アイリの方を見て) そ、そうだ、お前、アイリって言ったよな。医療機器の会社に勤めてるんだろ? なんか、そういう機器の開発とか実験に使うんだろ? ああいう感じのリアルな人形を」
アイリ 「え?」
フトシ 「だから、ああいう人形を使うんだろ?」
アイリ 「はあ? なんなの、ねえ、節穴なの?」
フトシ 「な、なんだよ、ふしあなって」
アイリ 「あなたの目よ。人形か人形じゃないかなんて、見れば分かるでしょ? え、なに? わたしが持ってきたとでも言いたいわけ?」
フトシ 「な、なんだよ。文句あんのかよ!? ったく、うるせえな」
アイリ 「なにそれ。子供じゃないんだから。国家公務員とか言っているけど、横柄な言葉使いで単に強がっているだけじゃない。そしてちょっと都合が悪くなるとすぐにキレそうになる。あなたの言葉には重みが感じられないわ。何も考えていないのよ。これじゃ、ただの駄々っ子じゃない」
フトシ 「だだっこ!? な、なんだよ、それ!」
アイリ 「違う? 死体があるけど、あなたはそれを認めたくないの。だから人間ではなくリアルな人形だと思うことにした。で、リアルな人形イコール医療関係。つまり医療機器メーカーに勤めているわたしが持ってきた。そんな感じの連想でしょ。まったく考え方が短絡的なのよ」
フトシ 「たんらくてき!? どういう意味だよ」
アイリ 「考えてもみてよ。 ここで目が覚める前、わたしは取引先の人たちと飲んでいたの。そう言ったわよね? どこでもいいから飲み屋の風景を想像してみて。楽しそうに語らう人々。テーブルの上にはお酒と料理が所狭しと並んでいる。少しごちゃっとした店内。中ほどにあるテーブルにわたしたちが座っている。取引先のふたりが見えるかしら。その向かい側に座っているのがわたしよ。見える? そしてその隣に座っているのは誰? そう、あのリアルな人形よ。お酒も飲まず、料理も食べず、ただ一点だけをじーっと見つめるリアル人形。喧騒の中でひとりたたずむ物静かなリアル人形。―― どう? ありえないでしょ?」
すぐる 「まあ、ないだろうな」
れもん 「(すぐるを見ながら) あらまあ、あなた、やけに彼女に同意するのが速いわね。何か共謀しているのかしら。それとも…… あら嫌だ、まさかデキているとか?」
アイリ 「(あきれて)またなの?」
すぐる 「説明するのも面倒くさいけど、一応言っておく。僕たちはついさっきここで出会ったばかりだ」
れもん 「どうだか」
すぐる 「とにかく、あれは人形ではないよ、本物だ。本物の死体。死ぬ前は生きていたんだ」
アイリ 「そうよ。あなたたち二人が目覚める前に、すぐるさんと一緒に調べたから確実よ」
れもん 「あらあらあら。会ったばかりなのに呼び方が、すぐるさん、ですって。やっぱりそうなのね。まったくもっていやらしい女。では、すぐるさん? あなたは彼女のことを何て呼んでいるのかしら? いやらしい男がいやらしい女を何と呼ぶのか興味があるわね」
アイリ 「どうでもいい」
すぐる 「アイリさんとふたりで調べた時はまだ体温が残っていた。死体がどのくらいで冷たくなるのかは知らないけど、きっと死んで間もないんだと思う」
フトシ 「死後硬直は?」
すぐる 「死後硬直?そこまでは分からない。死後硬直ってあれだろ? どれくらい前に死んだとか、そういうのが分かるんだろ?さすがにそれは専門外だ」
フトシ 「おいおいおいおいおい、やべーだろ。まじかよ、死後硬直とか調べてないのかよ!? ありえねーえ。ありえねーえ」
すぐる 「だったら自分で調べろって。それで何が分かるんだよ?」
フトシ 「さあな。知らねえよ。一度言ってみたかったんだよ。死後硬直は?って。かっこいいだろ。なんかすっきりしたぜ。てかさ、お前、大学で働いてるんだろ? それくらい知っておけよ」
アイリ 「(フトシに向かって) あなた本当に国家公務員なの? 一度言ってみたかった? かっこいい? 聞いて呆れるわ。内側に入っているのは誰? 子供?」
フトシ 「なんだよ、文句あんのかよ? てかよ、お前、医療関係だろ? あの死体はいつ死んだんだよ? 教えろよ」
アイリ 「あのね、子供くん。わたしは医師ではないの。医療機器のエンジニア。専門は医学ではなくて理工学。確かに仕事柄、医学的な知識も多少はあるけど、いつ死んだとか、そんなのわたしに分かるわけないじゃない。そもそも、いつ死んだとか、それってそんなに重要なこと?」
フトシ 「あー、めんどくせーな。もう訳わかんねーぜ」
すぐる 「死因とかは正直言って分からなかった。免許証とか保険証とか身元を特定できるようなものは何も持っていなかった。財布すら見つからない。でも彼女の上着のポケットの中にスマホが入っていたよ」
れもん 「まさか! そうか、わかったわ! そう、そうね。その女はやはり誰かに殺されていたのね。そして、そのスマホの中には犯人の手がかりを示すメッセージが残されていたのね!!」
フトシ 「ふん、お前、推理小説とかの読み過ぎじゃねえの? 普通、スマホにはロックかけるだろ、パスワードで。このご治世だぜ。どうやって中を見る?」
アイリ 「推理小説の読み過ぎはあなたでしょ、子供くん、死後硬直とか普通の人はそういう言葉は使わない。でもね……」
すぐる 「そう、れもんさんの言う通り、そのスマホにはメッセージが残されていた。ロックはかかっていなかったよ」
アイリ 「内容はこうよ。読むわね。(スマホをポケットから取り出してメモアプリを開く) ―― とうとう、わたしひとりになってしまった。他の人たちはわたしを犯人だと言っていたけど決してそんな事はない。でも、もしかしたらそうだったのかもしれない。自分が分からない。怖い。死にたくない」
フトシ 「小説でも書いていたのか?」
アイリ 「は? この状況で? 冗談よね?」
フトシ 「意味わかんね」
アイリ 「続きを読むわ。―― このメモを読む人がいるのかどうかは分からない。でもおそらく誰かが読んでくれるはず。なぜなら、わたしもそうだったのだから。スマホだけが残っている理由は? それがヒントになるのかもしれない。どうか、どうか、この連鎖を終わらせて下さい。12 ――」
れもん 「最期のは何? じゅーに? 数字の12?」
アイリ 「そう。数字の12よ。メモはそこで終わっているわ」
れもん 「12。何か意味があるのかしら?」
すぐる 「メモに“連鎖”という言葉があるから、その連鎖が12回目ということなのか、それとも他に何か意味があるのか……」
れもん 「最初は12人いて、ひとりずつ殺されていったとか?」
フトシ 「やっぱお前、推理小説の読み過ぎじゃねえの?」
れもん 「あなたに言われたくはない」
ふとし 「ふん。どうせ、12っていうのはよ、まあ、ただの書き間違いだろ。あーあ、早く帰りてえな」
アイリ 「いい加減ね。他に何か考えられないの?」
ふとし 「うるせーな。じゃあよ、他に何か残っていなかったのか? そのスマホの中に。メールとか」
アイリ 「そういうのは残っていなかった。ただ、メモアプリの他にもうひとつだけアプリが残っていたわ。それ以外のアプリは全て消えていた」
ふとし 「なんだよ、もうひとつのアプリって」
アイリ 「おそらく、何かしらのSNSじゃないかしら」
れもん 「SNS? ソーシャル・ネットワーク・サービス? フェイスブックみたいな?」
すぐる 「そう。でもユーザーIDやパスワードが分からないからログインできない。だから何とも言えない」
れもん 「そのアプリの名前は? わたしはね、SNSにはちょっぴり詳しいのよ。名前を聞けば大抵のものは分かるわ」
アイリ 「れもんさん、すこし受け答えがまともになってきたわね。ほっとしたわ。アプリの名前は、えっーと……(スマホを見る)東京ジェイルよ」
れもん 「と、東京ジェイル?」
アイリ 「そう、東京ジェイル」
れもん 「と、東京ジェイル!? ? い、いやーーーー!!」
(その3に続く)
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